女性がキャリアを繋ぎ続ける時に必要なわらしべ長者力

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先日、20代女子3人が主催するコミュニティTODAYのセミナーで「結婚・育児はキャリアの断絶になるのか?後悔しないライフスタイルをおくるためのヒント」をテーマにお話させて頂きました。

TODAYは、女性のキャリアや人生に多様性をもたらし、よりよいライフスタイルを考える場を作ることを目的とするコミュニティ。

私が運営しているVision Questのコンセプトとも非常に近く、元気で気持ちよい運営女子メンバーともあっという間に意気投合し、当日を迎えるまでも有意義な時間を過ごさせて頂きました。

当日は、当時バリキャリ志向だった私が迎えた入社4年目での結婚〜妊娠〜退職の経緯とモヤモヤとした当時の想い、そして専業主婦生活5年目に社会復帰してから今に至るまでの15年間に追求し続けたワークライフバランスについて、非常に恥ずかしい個人体験も含めてざっくばらんにお話ししました。

私のキャリアの特徴は、家庭を中心にしながら、ギリギリのところで何とか途切らせずに紡いできた細切れのキャリアが、結局「これからの人生で本当にやりたいと思えるライフワーク」に繋がってきている点。

子どもや家族の状況によってキャリアチェンジを余儀なくされてきた中でも社会との接点を持ち続け、子どもが成長した今、改めて新しいキャリアが始まろうとしている私の生き方は、まずはキャリアを積み上げてから結婚や子どもの事を考えようと言う現代女性のキャリア形成思考には珍しい例なのかもしれません。

終わってからの皆さんからのアンケートでは、「人生に順番なんてないこと」「いろいろな働き方があること」「キャリアを築いてから出産ではなく出産もキャリアになること」など、若い皆さんに少しでも人生に対する新しい視点をお伝えする事が出来たようで、自分のゲリラ的なキャリアが少しでも役に立てたかと嬉しく思いました。

 

その講演の最後のまとめで「仕事の循環・繋がりを作っていくために大事にしてきた事」で挙げた「わらしべ長者のたとえ」が好評だったので、改めてそれについてここで書き留めておこうかと思います。

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1、わらしべ長者の物語とは

みなさんご存知の昔話ではありますが、わらしべ長者とは、貧乏な青年が神様に幸せになれるようにお願いをかけた所、西へ向かって最初に手にしたものを宝物として大事にせよというお告げを受け、その通りに手にしたモノを出会う相手と交換しているうちに幸せになったという若者のお話です。

この物語で伝えられている事は、目の前に手にしたものが宝物であり、出会う相手とのご縁を大事にしながら変化を恐れずにいればそれは幸せに繋がっていく、ということではないかと私は思っています。

2、与えられた事に意味           

わらしべ長者が最初に手にしたものは、一見何の価値もなさそうなワラ。

でも、まずそれにこそ意味があるのではないかと思います。

例え報酬が発生しないと思われるような事でも、与えられた事は一生懸命やってみる精神で頑張ってみる。すると、良い事が何かしら起こってくるものではないかと。

最近、20代の女性たちが「それをやってみる意味が分からない」とか「何かをやるということは、そこに投資をするということ。つまり、そこには何かしらの見返りがあるはずですよね?」と言うのを聞いて少々驚きました。

何の意味があるかなんて、やってみなければわからないのに。

そして、経験も浅い年頃では「何に価値があるか」なんてわかるはずがないと思うのです。結局、自らが体験した実感を経験値として貯めていく事からしか自分の中の基準は生まれて来ないものだから、やっぱり、やってみるしかない。

さらに言えば、与えられた事を一生懸命出来る人は自分の居場所を好きになれる人でもあります。そうすると、自然とスキルが上がったり、結果として自分を認める事にも繋がり何かを得る事もできます。それに、一生懸命やる人を人は必ず見ているものですよね。

やはり、全ては繋がっているし、繋がっていくものだと思います。 

3、変化を恐れない

思い切って手にしているモノを軽やかに手放すことも良い、ということ。

わらしべ長者はせっかく手にしたモノを次々と手放していきますが、この変化に対して動揺している様子は見られません。

毎回「ふむ、あれがこうなったか」と目の前の変化を軽やかに受け入れています。

これって、なかなか出来ないことですよね。

せっかく手に入れたのにと誰でも思うし、手放したくなくて執着してしまう。

ただよくよく考えると、そもそも、誰でも何でも「ゼロ」から始まるもの。

逆に何かにしがみついていることで、結局新しい事にチャレンジし損なうのもよくある話で。

そう、変化は誰にとっても不安。

だからこそ、その裏には平安があると信じて、自分から思い切って変化の渦に巻き込まれてみるのも良いのではないかと思うのです。

その勇気を持てる人は、新しい何かを得る事が出来る人でもあると信じています。

4、ご機嫌でいること

私はよく自分の「ご機嫌マネジメント」が大事と言っているのですが。

ニコニコしていること、気持ちのよい人でいることって、人との関係性の中ではとても大切な事。

人事採用の視点でも、一緒に気持ちよく働きたいと思う人が選ばれるように、普段からご機嫌でいると何かの時に人に思い出して声をかけてもらえる人、紹介されたり会いたいと思われる人になるのではないでしょうか。

岐路に立たされている時にもご機嫌でいるのは簡単なことではないけれど、そう言う時のために普段から気分転換できる趣味を持っている事、時間を忘れられる程に好きな事、自分を支えてくれる大事な仲間を持つ事なども大事かと思います。

5、人とのご縁を大事にする

結局、全ては人で始まり人で終わる、人との関係がすべてだと感じるこの世の中。

私の過去の数々の転職は、実は全て知人の紹介なのですが、このキャリア形成もこれまでお会いした皆さんとの関係があってこそ、皆さんが今の自分を作っているとしみじみ有り難く思っています。

私も本当にたくさんの不義理をしてきていますし、数多くの迷惑をかけて生きています。その不義理を少しでもお返ししてご恩に報いるために、日々の自分があるのだと思っています。

結局、人との繋がりが人生の繋がりであって、全体として人生が豊かになっていくことなんですね。

わらしべ長者も行く先々で出会った人とのご縁を大事にしながら新しい何かを手にしていった事を考えると、ご縁を頂いている目の前の人を大事にする事はとにかく大事だと感じます。

 6、最後に

わらしべ長者は、最初にまず石につまづいてワラを手にするのですが、「石につまづく=良くないと思えること」が良い事に展開していくという意味合いも奥に読み取れるのかもしれません。

「災い転じて福となす」

何か辛い事がある時は本当に逃げ出したいと思うけれど、その先にはきっと良い事があると信じて、その良い事のための今だと信じて乗り越えるチカラを持つことが必要だと改めて感じます。

私自身、自分の至らなさもあって辛い経験もしましたが、いつもそこに何かの意味があると信じていましたし、今になってみると、やはりそこには意味があったと思えるのです。


女性の人生、仕事のキャリアを積んでから結婚や出産というのも計画的でステキだけど、そんな思い通りにいかないのが人生と言うもの。
結婚・出産・育児を経てから生まれてくるキャリアという形もあると思うし、目の前にある事や起こる事こそが宝ものと受け止めて、その宝物と人とのご縁を大事にしていけば、自ずと人は幸せへと導かれていくと信じています。
 

また、最後になりましたが、今回お話しした内容について、セミナーにご参加くださった渡辺さちこさんがとてもわかりやすくブログにまとめて下さいました。

ありがとうございます!

渡辺さんは、統計心理学i-colorの認定カウンセラー・講師でもいらっしゃいますが、働きながら子どもを産み、育て、自分らしい人生を楽しもうという妊きゃりプロジェクトを主宰していらっしゃる素敵な女性。渡辺さんの飾らない、でも、真摯な人柄が伝わるブログは、思わずうんうんと頷きながらも肩の力を抜きながら前向きになれたり、役立つ情報が多いので、小さなお子さんをお持ちの働くママにオススメです。

父の日に思う事。結局は、受け止める側の問題なんだけど。

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昨日は父の日。

家族のためにいつも頑張ってくれるお父さんに感謝を伝える大事な日。 

そんな日にちなみ、友人が投稿した父の日関連のフィードを読んで少し感じた事から一つ。

 

私の友人に、非常に優しくて子煩悩な3人のお子さんのお父さんがいまして。

3人ともまだ小さくて、上のお子さんはまだ保育園、一番下のお子さんはまだ0歳。むっちゃ、やんちゃ盛り。でも、お父さんとしての彼は、子育てに当たり前に積極的に関わり、私から見てもとても良いお父さんで。

同時に、奥様からもその良いお父さんぶりは実際にとても感謝されているので、家族間や夫婦間でも良い関係が作られているのだろうなと端から見ていて感じられます。

その彼が、父の日に幼いお子さんから贈られたプレゼントとメッセージ。

そこには、小さな手形と共に「おとうさんと くるまで あそびたいな」と書かれてあって。

いやはや、本当に微笑ましいです。(同時に、そんな素直で可愛かった頃が懐かしい)

それに対する彼のコメントは、

「足りてると思うのは俺だけ。飲み会で帰りが遅くなったお父さんは泣きたい。ごめんね。」というものでして。

嬉しくて感動して思わず書いちゃった、との事でしたが、まさか「ごめんね」がここに来るとは!!ここのつ、ビックリしました。

これって、「普段十分一緒に遊んだり、関わりを持っていると思っていたけれど、子どもにとっては、自分の関わり方はまだまだ足りていないのだ!」と、子どもの気持ちを受け止めて「あなたと遊ばずに飲みに行ったりしててゴメンね。寂しい思いをさせてしまってるよね。」というコメントになったのだと思いますが、そこまで子どもに対して真っすぐになれるのって、本当にすごいことです。

(ついでに言えば、20年前のオットに爪の垢でも煎じて飲ませたいw)

 

でもねぇ・・・

ほんと、コミュニケーションって、なんか、難しいですよね。

今回のお子さんからの手紙と、それを受けてのやりとりも「コミュニケーション」の一つとして考えてみますが。

コミュニケーションで大事なポイントって、投げたボールを受ける側が「どう」受け止めるかに全てが任されていると言う事ですよね。

投げた側が、いくら「そんなつもりじゃなく」伝える言葉も、受け止める側が「そのように」感じたのであれば「そう」なってしまうものですよね。

丁寧なコミュニケーションのキャッチボールを繰り返す事でこの「ギャップ」は解消されていくことですが、相手に受け止めて欲しいように、受け止めやすいようなボールを正しく投げる事って、本当に難しいですよね。

 

それで、先ほどのお子さんからのメッセージを、彼が捉えた別の観点から考えてみたいのですが。

お子さんはお父さんとの遊びの楽しさを知っていて、「お父さんと何して遊びたい?」と聞かれたから車で遊びたいと思ったんだろうな、と。

(私が彼の普段の行動を知っているからそう捉えられると言うのもあります)

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祝デュアルライフ1年。主婦がデュアルライフする時のメリットデメリット

 振り返ること1年前の5月初めに江ノ島のシェアハウスへ引っ越し完了した私。

(そして、1年経ってさらに腰越への引っ越しを完了させた私ですが。笑。)

あっという間で、わずか1年の事だけど、自分で舵をきり、人生が大きく方向転換した1年だったと思う、ほんとに。

というわけで、デュアルライフ祝1年。(ずいぶんと「祝」が続きますねー)

主婦でありながらもデュアルライフを続けるここのつが、5つのメリットと3つのデメリットを挙げてみます。 

まずはメリットから。

1、生活のオンとオフ。メリハリが生まれる。

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東京と湘南。

少し離れるだけで双方の良い点に目を向け、客観的に見つめ直す事が出来るのが良いですね。

東京には東京の良いところがたくさんあります。

経済、芸術、文化の拠点としても、面白い方たちお会いしたり興味深いイベントにも参加できる。

一方で、海と山に囲まれた湘南の自然。

海の音を聞きながらぼんやりしていると、波のリズムでいろいろなものが流されて、心身ともに癒されていくと感じますし、山を歩いて木々の緑を感じながら鳥の声を聞いていると不思議と活力が湧いてきます。

都心と自然の間を行ったり来たりすることで、両方の良い面を受けとりながら生活のサイクルを回していける事がとても心地良いと感じます。

(しかも、都心〜湘南の移動時間は約1時間というのが素晴らしい)

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我が子が赤ちゃん期に母親が身につけたらよい手放し作業とは。

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先週、息子が大学生になった途端に一気に手離れしてしまい、子育ての最後って急に来る、案外あっけなく終わっていくんだと感じた、という様な事を書きました。

coconots9.hateblo.jp

子育て終盤を迎えると、子育てにまつわる過去の全てが穏やかに懐かしく感じられるようになり、小さなお子さんと一緒の現役ママたちにエールを送りたくなってくる。

 ・・・と思っていた矢先に読んだ、こんぶさん(id:konbudasi)のブログ。

こんぶさん、赤ちゃんをご出産されたばかりで、ちょっとした外出もままならない時期なんですが。

konbudasi.hatenablog.com

ママのホルモンバランスが乱れている出産直後の新生児期から始まり、初めてで慣れないことが続く中での子どもの人見知りや後追い期。

お家で子どもと二人きりは、社会からどんどん取り残されていくようで孤独でもありますよね。

家で子と二人きりって本当に息がつまりますね・・・。

でもそう思っちゃうことにも罪悪感があったりして余計に落ち込むという負のスパイラルから抜け出せなくなります。

外出、必要ですよね。

・・・・・

出産したら子と二人きりなんてあたりまえのことなのに、息がつまるのは自分に母親の自覚が足りないからなのかとか、いろいろ考えてしまって。結局自分で自分の首を絞めてるんでしょうね。

・・・・・

でも、現代社会で自分の意思で自由に外出したり食べたり飲んだりしていた「あたり前の事」が、赤ちゃんを出産した途端に一気に制限されるんですもの、息が詰まるのって実は「当然のこと」。罪悪感とか母親失格かもとか、落ち込む必要も全くないと思います。

優しく赤ちゃんを抱くマリア様的母親像は「イメージ」で、現実はキレイ事で済まされない「ガチな生活」の連続。子どもを寝かしつけながら「この子が寝たら洗濯機回して夕飯の下ごしらえして、それからそれから・・・」と頭の中はフル回転。

目の前の子どもの寝顔の愛らしさに集中するなんて、ほぼムリですよ。

 

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変化の春。息子の大学入学で家事分担を再考して出た結論とは。

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先週は、各地で入学式、入園式が行われたようで、Facebook、Twitter、そしてブログのあちこちでお子さま達の晴れ姿をたくさん見かけました。

はい。

我が家の19歳の長男も、晴れて無事大学生となることができましてホッと一息でございます。

入学式には息子一人が参列したので、親として実感するこれまでのような「子供の入学」に対する感慨は極めて薄いのですが、息子は履修科目の提出をしたりクラブやサークルの新入生勧誘イベントに出かけたりなど順調に大学生活をスタートさせている模様で何より何より。

で、ヤツが順調に大学生活を始めるのは良いとして、今回は息子の大学入学による最大の変化。

それは、

大学生の息子のための晩ご飯は必要ない。

ということです!!

何故かと言うと、息子が入部した体育会アメリカンフットボール部では、身体を鍛えて大きくするための対応として、クラブハウス横の学食で晩ご飯が毎晩提供されるそうで。

全ての大学生のお子様にあてはまる事なのかどうか知らないけれど、これスゴいです。

まぁ、部活で提供されると言うのは栄養的に安心ということで、私自身の事を振り返っても、大学生にもなったらいろいろ忙しくて家で晩ご飯なんて食べないですよね。

 

この事により夕食はリアルJK高2の妹が一人っ子状態になりました。

兄妹で会話をしながら食事をしていたこれまでの夕飯風景からすると、ずいぶんの変化なんですよね。

私のデュアルライフも、子供が2人いた事でうまく成立していた部分もあったのかもなー、という思いがふと浮かびました。子供が娘一人だったら、あのタイミングでのデュアルライフには踏み切れていなかったかもしれない、と。

それはともかく、私のデュアルライフによる江ノ島滞在日、かつオットの帰宅が遅い日は、娘一人の「一人飯」日が発生してしまうわけで、そもそも食事作りが「やらされ感いっぱい」な彼女にとって、一人飯=カップラーメンの公式が。今からそれは、とても、とてもよろしくない。

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保育園?幼稚園?専業ママを選択したあなたに伝えたいこと

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この時期は、あちこちで卒園式を迎えたお子さまやご父兄たちの晴れやかで微笑ましい様子を目にします。

本当に心が和みます。

一方で、保育園や幼稚園、職場復帰や専業ママ生活など、親子ともに大きなライフスタイルの変化が訪れるタイミングでもあります。

つい最近、このような記事を読みました。

notesmarche.jp

ここにはワーママ、専業ママ達の葛藤が綴られておりました。

ワーママ×保育園、専業ママ×幼稚園。

結局どちらの道を選んでも心のどこかにモヤモヤは残るものなんだと思います。

 

私はと言うと、子供を2人とも幼稚園に通わせました。それは、

1、出産後の復職はないという前提で妊娠を機に離職しており、すでに育児に専念していた事。

(20年前当時、離職前職場への子連れ復帰はかなり厳しいものだったので最初から諦め。)

2、もし仮に他の職場へ復職できたとしても夫のサポートは望めなかったので、通常の社会復帰も考えられなかった事。

(仕事が忙しい夫の帰宅は平日は深夜、かつ、週末は社会人スポーツ選手としての活動。結局、一年中不在。)

3、自分自身が幼稚園出身という経験から子供も幼稚園に通わせ、自分も子供と共に園での活動を楽しみたかった事。

という3つが主な理由だったと思います。

後は、専業主婦として私を育てた昭和思想の母から発せられる「女性は専業主婦で子供は幼稚園へ」という呪縛も少しあったかもしれません。(もちろん、呪縛はいつだって自分で解けるものでありますが)

 

とにかく「子供は幼稚園」をすっきりと決めた自分でしたが、「◯◯ちゃんのママ」でいるストレス(自分のアイデンティティの喪失感)や、夫に扶養されているストレス(自分が自由に使えるお金がない事による自由喪失感)には常に悩まされていた記憶があります。

そして、結婚と出産が比較的早かった自分にとって、育児について腹を割って相談できる古い友人がいない中、当時の友人たちはバリバリにキャリアを進んでいる状況。新しいママ友と他愛ないお喋りをしながら「一体私は、今、何をやっているんだろう」と思うことも少なくありませんでした。

自分で決めた「離職」「専業ママ」「幼稚園」だったにも関わらず、本当にモヤモヤしていましたね。

でも、モヤモヤしながらそんな自分が悔しくもあった私は、子供の成長に日々寄り添える、子供と共に日々を楽しめる、子供が喜ぶ顔をタイミングを逃さず見られるなど「自分はコレを大事にしたいと思ったからこそ、この生活を選んだんだよね」と言い聞かせながら毎日を過ごしていました。

そして、そこに向き合えたからこそ、今となって後悔は全くありませんし、現状としても非常に子離れよく、さらにはデュアルライフなども堪能できていたりもする訳です。笑。(はい、物事を自分に都合良く解釈する傾向アリですw)

 

ただ、いろいろ悩みながらも離職して専業ママを選んだ方たちへ一つだけ言いたい事があります。

専業になったからと言っても、決して学ぶ事を止めないでください。

子育てをしながらでも出来る「学び」はたくさんあります。

それに、そう言う時は、自分が本当に好きな事を選べる最高のチャンスなんです。

学びと言っても堅苦しく考える必要はありません。

本を読むなら、ただ読むのではなくその本の内容や魅力が人に伝わるように読んだり。

DVDを見るなら、このジャンルなら私に聞いてと言えるようになるまで見尽くしてみるとか。

お料理が好きならレシピ公開を目標に試行錯誤してみるとか、お家のお片づけを追求してみるとか。家庭内にいるからこそ気づける事はたくさんありますし、自分はコレが好きと言えるものを見つけられるまで、いろいろな事にとことん手を出せるチャンスです。もちろん、レアジョブなどで英会話をコツコツ続ける事も、通信教育で資格を取る事も可能です。

 

「子供を幼稚園へ通わせる専業ママ」としての生活を選んだ私ではありましたが、実は、上の子が4歳(年中さんになる直前)、下の子が1歳になった時に、週2回勤務で良いという職場との出会いを奇跡的に頂きました。ここでは素晴らしい人生の先輩との出会いもあり、今でもこのご縁には心から感謝しています。この話はまた改めますが、学びを止めずに自分の心の中に望みを持ち続けていれば、然るべきタイミングで然るべき仕事は訪れます。

だから、あなたもきっと大丈夫。

働き方や生き方、そして社会の価値観は日々変化していきます。多様化もしています。大事なのは、日々変わって行く周囲の声に自分を合わせる事ではなく、自分の気持ちに向き合うことだと思います。

悩んだとしても自分に向き合って出した正直な答えである限り、それは必ずあなたを自分が望む方向へ導いてくれます。ぶれない事です。そして同時に学びを止めない事です。そうすれば、自分が投じた時間とエネルギーは、新しく違う形となって真っすぐにあなたの所へ戻ってきます。それがいつかはわかりませんが、必ず戻ってくると信じて、今日一日を楽しみながら過ごしましょう。

 

あと、下記の記事は「夫に扶養されている自分」にストレスを感じている方に是非読んで頂きたい記事。特に、

ココロが満足できること=内的報酬を感じながら生きていくことではないでしょうか。実はそれが「稼げる力」

これは、先に私がお伝えした「好きな事の学びを止めない」がたどり着く先だと思います。

ninoya.co.jp

「君の後ろに道ができる」かーさんから受験を終えた息子へ。

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浪人していた息子の受験生活が終了しました。 

下記ブログで、入試が始まる前にかーさんが思う事を書きました。

 同様に、受験を終えて一区切りついた気持ち、息子に伝えたい事について。

 

まず、入試の結果。

本命として必死に追いかけ続けた大学には一歩届かず。

残念。

そもそも高いハードルな相手であるのは分かっていた事だけに、ぎりぎりまで頑張り抜いた結果ということで、良し。

最後まで諦めないからこそ明らかになるものがあり、その結果として諦められるようになるしね。

この場合の「諦める」とは「割り切る」ことなのかもしれないけれど。 

 

思い返せば、高校在学中のこと。

想いを持って進みたい大学を見つけて、わずかな可能性にかけてチャレンジしたAO入試。

しかし、通らず。 

もともと通っていた高校は大学の附属校だった訳だから、そのまま上がる選択肢もあったのに「自分はどこで何をどの様にしたいのか」を改めて自分に問いかけて一般入試にチャレンジした結果の浪人生活。

そして、やはり、実らず。

 

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